Cha-ble_Vol16
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美食の ココロ。 おいしさの絆  料理人のなかには、「おれの作った料理が言葉だ」という人もいる。日本料理の典型と言われるすしや天ぷらは、屋台から起こったので、料理人と話をしながら食べなくてはいけないと思っている人がいる。そんなことはない。すしの職人が正座して握り、お客は立って食べた時代がある。お客から話しかけられたら、握る人は目の前に並べたすしに自分の唾が掛からないように、わざと横を向きボソボソと小声でしゃべった。今は職人の方から、口角泡を飛ばしてゴルフの自慢話を、とくとくと大声でしゃべっている店がある。  フランス料理やお座敷の日本料理店では、サービスの人や女中さんが料理人とお客の仲立ちを勤める。だから料理の良し悪しはお客と接する人の技量や雰囲気に拠るところが大きい。料理人が良い材料をどんなに力を込めて作っても、サービスの人がテーブルに投げ出すように皿を置いたら、食べる気が失せてしまう。店によっては、不遜な女将がお客よりも立派な着物を着て、大きな宝石の指輪をはめたりしている。これも客へのメッセージとなる。サービスする黒服の下のワイシャツの袖口が汚れているのも、しかりだ。  ある料理屋では、従業員が経営者の板前のことを社長様と言えと女将から教育されていた。それでは女将はどう呼べばいいかと言えば、「奥様」だという。夫婦連れのお客は、どうなってしまうのだろう。  さる有名な河豚料理屋で、食前にビールを出さない店があった。この店の姿勢に「お客の希望を優先すべきだ」と、怒った有名人は多い。美味しい河豚はビールを飲んで食べて欲しくはない、という自信から出た信念であって、一つの「見識」だと理解を示すのは少数派だ。だけど、お客を不愉快にさせては、すべてがおしまいではないか。ビールを飲みたいと思って断られた人は、その日不愉快な気分で高価な河豚料理を食べたに違いない。  女将が「ビールは河豚の味を損ねるという先代の意向で、本当はご法度なんですが、一杯だけにしてくださいね」とか言って、出してくれれば、お客も納得したことだろう。  駅ビルやショッピングセンターなどビルの中の飲食店が多くなると、スペースなどの関係からオープンキッチンの店が増える傾向にある。必然的に調理場で料理を作る光景が目に入る。働いている人の服装や態度も見えるし、会話の内容が耳に入ることもある。  シェフや花板が、後輩の従業員に当たり散らす情景が目に入れば、料理の味は落ちる。機嫌の悪い花板に、一所懸命にお世辞を言っているお客がいる。どっちが客なのか分からない。しかし調理場が見えるのは、向こうからも客席が見えるということだ。料理はそっちのけで酒と話に熱中している客に、美味しい料理を作ろうとは思わないだろう。  「目は口ほどにものを言い」という諺もある。ボディ・ランゲージという言葉もある。言葉以外にもコミュニケーションの手段はいろいろとある。美味しく食べるためには、料理人とお客の双方の理解と信頼が必要なのかもしれない。 ふ ぐ おかみ ことわざ 来春1月に『食彩の文学事典』(講談社)を刊行の予定 文=重金 敦之

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