Cha-ble_Vol25
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アスリートたちの料理番しげかね・あつゆき1939年東京生まれ。朝日新聞社社友。元常磐大学教授。文芸ジャーナリスト。「日本文藝家協会」、「日本ペンクラブ」各会員。『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)など著書多数。左右社のホームページ(http://www.sayusha.com/)に「鯉なき池のゲンゴロウ」を隔週で発信中。テレビのコマーシャルを見ていたら、なんの競技か知らないが、若い女性選手が「勝つためのメシがあるんです」と絶叫している。いくら「勝つため」とはいえ、みっともない。若い女性が、ご飯を「メシ」と呼ぶ文化は日本に存在しない。甲子園の高校野球チームが泊まる旅館では、昔から試合の前夜に「敵に勝つ」をもじって、「ステーキととんかつ」を用意したものだ。今では新しいスポーツ栄養学が進み、競技によって年齢や性別を考慮した合理的な献立が開発されている。ひと口にアスリートといっても、持久力が要求されるマラソンと瞬発力を必要とする砲丸投げでは、食事も違ってくる。またボクシングや柔道などのように体重の制限がある競技もある。サッカーの日本代表チームには、専属の料理人がいて、常に外国遠征に同行している。異郷の地で日本選手が好む食材を集めるのは苦労が多い。英国チームは、競技場内に複数の料理人と調理器具を用意し、試合が終わるやいなや、すぐに温かいパスタを食べさせる。疲労回復に炭水化物が有効だからだ。日本なら、さしずめうどんだろうか。日本チームはせいぜい帰りのバスの中で、サンドイッチを用意する程度だという。日本競泳界のエース、萩野公介選手は高校時代から一日七食を食べていた。母親が栄養士と相談し、六時半の朝食から十時の補食、十二時半の昼食、十七時には練習前の補食、練習が終わると、二十時半に補食、二二時に夕食、就寝前にも二四時に補食を摂る。一日四〇〇〇カロリーというから、一般成年男性の約二倍にあたる。母親は朝の四時半に起きて、料理を作り始めていた。そういえば、ピョンチャン・オリンピックの女子カーリングでは、「もぐもぐタイム」が話題となった。彼女たちが食べていた北見市のチーズケーキ「赤いサイロ」は、すごい人気で地元でも手に入れることが難しいそうだ。スポーツとは言えないが、将棋の藤井聡太七段が対局中に出前で頼む昼食を、テレビ局が熱心に追いかけていた。まあ、「勝負メシ」であることには違いないけれども。前回の東京オリンピックの選手村食堂は当時の帝国ホテル料理長、村上信夫氏が総指揮をとり、冷凍食品が日本中に普及するきっかけとなった。半世紀も経てば、さまざまな技術が進歩している。今回はどんな趣向がこらされるのか楽しみだ。和食ブームの影響で、「すし」が人気になることだけは確かだろう。絶対的な「勝つための食事」は存在しない。ただ一般的に試合の二、三日前から、消化に時間がかかる脂肪分を控えるのが常識らしい。「敵に勝つ神話」は、現代には通用しなくなったようだ。12

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