Cha-ble_Vol26
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平成の食事しげかね・あつゆき1939年東京生まれ。文芸ジャーナリスト。朝日新聞社社友。元常磐大学教授。「日本文藝家協会」、「日本ペンクラブ」会員。著書に『食彩文学事典』(講談社)など多数。最新刊『淳ちゃん先生のこと―渡辺淳一と編集者の物語』(左右社)が好評発売中。左右社のホームページ(http://www.sayusha.com/)で「鯉なき池のゲンゴロウ」を隔週で発信中。月刊誌『dancyu(ダンチュウ)』が「『食』こそエンターテインメント」とうたって、創刊されたのは平成二年一二月(三年一月号)だったから、平成の申し子といえる。「男」と「厨」から摂ったダンチュウには、「男子も厨房に入ろう」の意味が込められていた。それまでの食の情報誌といえば、「アンノン族」という流行語が生まれたように『Hanakо』など、女性読者を対象にした。昭和五八年には漫画『美味しんぼ』が始まり、宅配便の普及が「お取り寄せ」のブームを生んだ。平成三年にはテレビ番組「料理の鉄人」が始まり、「食」の「娯楽化」が一気に進行する。「ひもじい」という言葉は死語となり、日本の歴史上、未曽有の「飽食の時代」を迎えた。今まで現地へ赴かなくては食べられなかった山海の珍味や郷土色あふれる伝統食や駅弁までも、自宅で口にすることができるようになった。小説の中に「食の情景」を巧みに取り入れた池波正太郎が亡くなったのは、平成二年の五月だから、『ダンチュウ』は読んでいない。昭和四〇年ごろ京都へ取材に出かけた。新幹線の車中で、駅弁の空箱をデッキにあるゴミ箱まで運ぼうとしたら、「椅子の下に置いとけばいいですよ」という。大正生まれの人にとっては、鉄道の旅の「常識」だったのだ。昔は長距離の列車に乗れば、何回ともなく清掃の人が乗り込んできて、椅子の下を掃除していく。今は多くの乗客が自ら分別してゴミ箱に捨てる。サッカーのワールドカップ、フランス大会で試合後にスタンドのゴミを片づける日本人の行動が話題になったのは平成十年のこと。欧米でゴミに無頓着なのは、担当する人の仕事を取り上げたくない、という貴族社会の名残だ。レストランでナイフやフォークを床に落としたら、従業員を呼んで拾わせるマナーに通じている。今や冷凍食品や半調理品の普及に加えて、出汁やソースのブームだ。高齢化社会の必然で、外食の惣菜のサイズが小型化し、宅配の食事も盛んだ。先進国では、女性が食事の準備に掛ける時間をいかに短縮させるかが共通の課題となっている。料理ができない男性は、結婚できないともいわれる。食品の包装材のリサイクル、スーパーのレジ袋の有料化、食品ロスなど、「食」は地球の環境問題と深く結びついているのだ。平成の次の時代は環境に無関心だと、チコちゃんから「ボーっと食べてんじゃねえよ!」と叱られるだろう。最近は「インスタ映え」とか称して、出された料理や自分が作った弁当の写真を人に送るのが大流行りだ。もし池波正太郎が目にしたら、びっくり仰天してチコちゃんと同じように、叱りつけるかもしれない。文=重金 敦之12

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