Cha-ble_Vol27
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12皇室と食卓 新しい天皇陛下が大学生時代にゼミナールの学生たちと通われた目白にある洋食屋がテレビで紹介されていた。ボリュームたっぷりの定番メニューは若鶏のから揚げガーリックソースとポテトグラタンとのことだ。陛下はアルコールもかなりいける口で、日本酒が好みだという。 平成から令和への移行とともに、宮中ではさまざまな行事が伝統にのっとって行われている。なかでも最も重要な祭さいし祀が十一月十四日に行われる大だいじょうさい嘗祭だ。一代に一度だけの儀式で、即位後に初めて陛下が収穫されたお米を神々に供え、自らも食べて五穀豊穣を祈念する。 どこの地方のお米を供えるのかは、斎さいでん田点てんてい定の儀で決められた。亀の甲羅を火に焙り、現れた亀きれつ裂の文様から占う。古くから伝わる「亀きぼく卜」の秘儀だ。食肉用として捕獲を特別に許されている東京都の小笠原村からアオウミガメが取り寄せられた。荒川区の鼈べっこう甲職人が将棋の駒の形に切り、光が透けるくらいの薄さまで削り出す。デジタル万能の時代に古風なアナログのしきたりが再現、重用されるのが、伝統の重みというものだろう。 日本列島を新潟、長野、静岡の三県を境にして東と西に分ける。三県を含めた東を「悠ゆき紀」、西を「主すき基」と呼び、今回は悠紀が栃木産、主基が京都産のお米と決まった。ふたつの祭殿が設けられ、それぞれの米から、お酒を造り、米と粟のご飯、米と粟の粥、鮑、鯛、烏賊などの魚介、乾し柿、生栗、乾し棗なつめなどの菓子類を神饌として供える。すべてを供え終わるまでに一時間半は掛かる。宵は悠紀の殿、夜半は主基の殿で行われるので、祭祀は明け方にまで及ぶといわれる。 ところで天皇陛下は日常、どんな食事を召し上がっているのだろう。その昔には「天皇が使う箸は金で出来ている」などと、まことしやかに伝えられたが、そんなことはない。それはそうだろう、金の箸では折角の食事の味を損ねるというものだ。 昭和天皇の料理番を長く勤めた秋山徳蔵によれば、ごく普通の質素な食事を好まれ、魚介は鰯いわしや秋さんま刀魚も召し上がられたそうだ。とはいってもはらわたは取り除き小骨はピンセットで抜いたというから、はたして味はどうだったか。 昭和天皇は日本の各地を訪問されたから、秋田のしょっつる、石川の鮴ごり、岐阜の鮎のうるか、佐賀のむつごろうなどの珍しい郷土料理も口にされた。災害地を多くご訪問された上皇陛下は調理に手間を取らせない配慮から、旅先の昼食には好物のカレーライスを希望された。 つまるところ皇室の食卓も私たちの食卓も鏡の裏表のようなもので、写し合わせてみると、大きな違いはないようだ。しげかね・あつゆき1939年東京生まれ。文芸ジャーナリスト。朝日新聞社社友。元常磐大学教授。「日本文藝家協会」、「日本ペンクラブ」会員。著書に『食彩文学事典』(講談社)など多数。最新刊『淳ちゃん先生のこと―渡辺淳一と編者者の物語』(左右社)が好評発売中。左右社のホームページ(http://www.sayusha.com/)で「鯉なき池のゲンゴロウ」を隔週で発信中。

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