Cha-ble Vol. 31 2020年6月
12/16

12ひとり飯 今どきの小学生は学校から帰ってくると、冷蔵庫の扉を開けて「なんだ、何もないのか」といって、遊びに行くという。冷蔵庫を母親と思っているらしい。 男のひとり飯と言えば、なんといっても漫画とテレビドラマで有名な『孤独のグルメ』(原作・久住昌之、主演・松重豊)の井之頭五郎だろう。いつもスーツにネクタイの輸入雑貨商は、酒も飲まずに一人で食堂の料理をひたすら食べる。 最近、漫画や本、ユーチューブなどで女性のひとり飯、あるいはひとり酒を扱った作品が目に付く。新型コロナ禍の影響で、学校の給食の時間は私語禁止となり「黙食」を強いられる。昔の日本の家庭の食事は黙って食べることが「美徳」とされた。ヨーロッパではレストランなどでの会話は消化を助けるといって、食事の大切な要素と考えられている。 外で食事をする時は、大人同士のカップルでテーブルを囲むのが原則だ。特にアメリカでは、酒を飲む場所に子どもがいることはまず無い。しかし昨今はカップルの構成も多様化し、商談のための利用も増えた。さらに女性の社会進出にともない、女性同士で外食の機会も増えた。 新型コロナ対策として当初、政府は四人以下での外食に緩かったが、それでも多すぎるから一人で黙って食べることを勧めている。ひとり飯、ボッチ飯、ソロ飯など言い方はさまざまだが、やむを得ず一人での食事になる場合もあれば、好んで一人で食べる人も多い。 湯山玲子さんが『女ひとり寿司』(洋泉社)を出したのは二〇〇四年のことになる。寿司や天ぷらは江戸時代に屋台から発展し、本来一人で利用するものだった。ファミレスというのは家族が主役のレストランの意味だが、時代とともに一人で利用するケースも増えてきた。ランチタイムは魅力的なサービスがあるので居酒屋として利用する女性も多い。 今や「ひとり寿司」は当たり前で、焼肉も鍋も一人客の増加に対応したカウンター主体の店が登場した。友人のさる女性は「ひとり焼肉」は駄目だけど「ひとり鍋」は大丈夫と豪語していた。 井之頭五郎の共演者は、彼の「独り言」だが、女性のひとり飯にも強烈な「同伴者」がいる。「共演者」といってもいいだろう。それはスマホだ。ちょっと気を付けて観察してご覧なさい。彼女たちのテーブルには必ずスマホが置いてある。 スマホを通して仲のいい友人、あるいはあまり素性を知らず顔を合わせたこともない人に向かって「音のない会話」をしている。スマホのキーを叩き、写真を撮りながら「一人芝居」を楽しんでいる。絢爛豪華な大舞台に立つ主演女優の気分に浸っているのかもしれない。しげかね・あつゆき1939年東京生まれ。文芸ジャーナリスト。朝日新聞社社友。元常磐大学教授。「日本文藝家協会」「日本ペンクラブ」会員。著書に『食彩文学事典』(講談社)、『淳ちゃん先生のこと―渡辺淳一と編者者の物語』(左右社)など多数。最新刊『落語の行間 日本語の了見』(左右社)が絶賛発売中。

元のページ  ../index.html#12

このブックを見る