クラン桜サボ桃や桃といった果物も然りだ。何か食卓日本には「初物を食べると七十五日長生きする」という俗信がある。日常の食生活に四季の変化を取り入れるのは、日本人特有の豊かな感性と余裕から生まれた。初物や行事食は私たちの暮らしの重要なアクセントになっている。例えば新米や新酒といった初物は収穫の喜びを祝福し、天に感謝して神とともに味わう。食べ物に対して、日本人は古くから並々ならぬ好奇心を抱いてきた。日本人の季節を大切にする食生活は世界的にも知られている。フランスのボジョレーから「帝王」といわれるワイン醸造家が来日し「私たちが日本市場を重視するのは、季節感と年中行事を重視する日本の食生活がボジョレーヌーボーの価値観に通底するからです」と言った。初物といえば初ガ鰹ツオがよく例に挙げられるが、茄ナス子や胡キュリ瓜ウ、蚕ソラメ豆マ、枝豆も夏を感じる。が花やぎ、幸福感が漂う。江戸時代には、一日でも早く幕府に献上しようと「初物競争」が過熱したことがある。竹垣やむ筵しろで風を避け、落ち葉で保温し、肥料に気を配る。江戸風の温室栽培技術だ。苦々しく思った幕府は「初物禁止令」を出す騒ぎとなった。なっていく。桜桃の樹そのものを大きな温室で育て、春先の出荷を競う人たちがいる。昔は考えられなかった。価格はそれこそ法外な「高値の花」だ。まった。イチゴのようにし旬ゅんが変わった食品もあれば、歳末から蚕豆が店頭に並ぶ。冷凍、冷蔵技術や流通方法の進化もある。漁場も広がった。過度な暖房器具を使い、貴重なエネルギー資源が浪費されていく。さらに地球の南半球からは季節が逆転した品も輸入される。見ると、嫌悪感を覚える。生命ある食の資源を大切に保護し、育む視点が欠けている。走りを重視するあまり、安くて味が乗る旬の頃になると飽きてしまい、消費が伸びない。愚かなことだ。「人生百歳時代」を過ごすには肉、魚、玉子、乳製品などの動物性たんぱく質が必須だと現代でも初物(走り)の出荷は年々激しく今の時代は食べ物から季節感が消えてしすし屋でメダカみたいな小コハダ肌の新子を説く人がいる一方で、古来の一汁一菜が長寿に最適という説もある。事情によって難しい人もいるが、複数で食卓を囲むのを勧める。なるほど、それも良いだろう。どれも間違いではない。皆が初物を食べ始めたら「それでは世界中に死ぬる者が一人もござらぬ」という笑い話が、すでに江戸中期の『世間学者気質』という絵草子に書かれている。冒頭の俗信は初物や健康食品に凝こるのも良いが、何歳になっても「食への好奇心が大切」と教えているのだろう。百年食べるしげかね・あつゆき1939年東京生まれ。文芸ジャーナリスト。朝日新聞社社友。元常磐大学教授。「日本文藝家協会」「日本ペンクラブ」会員。著書に『食彩文学事典』(講談社)、『淳ちゃん先生のこと―渡辺淳一と編者者の物語』(左右社)『落語の行間 日本語の了見』(左右社) など多数。12
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