cha-ble vol35
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料理とジェンダーばいしゃことぶき近ごろ料理ができない男性は結婚しにくいらしい。女性の社会進出にともない、父親も高齢者の食事の面倒や子供のお弁当をつくれないと、家庭内で肩身の狭い思いをする。料理研究家の栗原はるみさんの息子の心平さんが司会する「男子ごはん」(テレ東系日曜)など男性が主役の料理番組も増えた。およそ半世紀も前、一九七五年のことになるが、インスタントラーメンのテレビコマーシャルで「ワタシ作る人」という少女に「ボク食べる人」と応じる少年が登場し、母親らしき女性と三人が並んでラーメンを食べるシーンがあった。制作者は「女の子が男の子にラーメンをつくってあげる優しさ」を表現したのだろう。反響も「かわいらしく、ユーモアがある」と好評だった。ところがこの年は国際婦人年に当たり、市川房枝参議院議員などが、男女の働きかたを固定するものだ、と抗議の声を上げた。結局放映は中止となったが「本質を外れている」などと批判する意見もかなり見受けられた。「男は外に。女は家庭に」という「性別役割分担」の問題に一石を投じた。し、実践することが求められる。「ボク食べる人」から十三年経った一九八八年にアグネス論争が起こる。ネス・チャンさんが第一子を連れてきたのをとがめて「大人の世界に子供を連れてくるな」「周囲の迷惑を考えろ」などと林真理子さん、中野翠さんらが批判し上野千鶴子さんは「働く母親の背中には必ず子供がい父親には料理に限らず育児にも理解を示テレビ番組の収録をするスタジオにアグるもの」と反論した。当時育児休業法はまだ存在せず、男性の育児休暇が認められる育児・介護休業法に改正されたのはごく最近のことだ。イケメン(外面のかっこいい男性)をもじったイクメン(育児を積極的におこなう父親)なる言葉も市民権を得た。少子化に悩む政府は、出産・育児を支援する目的で、盛んに税金を投入しているが、結婚しない若い人が増えているのは、必ずしも出産費用だけの問題ではないだろう。「寿退社」「媒く酌人(仲人)」といった言葉が死語となりつつあるように、生き方や社会通念が変化している。いまだに「夫が家計収入を支え、妻が育児に専念する」という古臭い意識から抜け出せない政治家が多すぎる。男の料理というと、すぐに思い浮かぶのが、バーベキューになるとがぜん張り切るお父さんの姿だ。これはあくまでもホビー(趣味)の世界であって料理ではない。食器や調理器具を洗い、収納して料理は終わる。政府はやがて「結婚する男性に料理手当を支給する」などと言い出すかもしれない。しげかね・あつゆき1939年東京生まれ。文芸ジャーナリスト。朝日新聞社社友。元常磐大学教授。「日本文藝家協会」「日本ペンクラブ」会員。著書に『食彩文学事典』(講談社)、『淳ちゃん先生のこと―渡辺淳一と編者者の物語』(左右社)『落語の行間 日本語の了見』(左右社) など多数。12         

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