chable37
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世界が認める日本の酒作家の村上春樹はスコットランドのアイラ         (のあの個性的な、海霧のような煙っぽさが、島で、殻付きの牡かき蠣にシングルモルトをかける食べ方を地元の人から教えてもらった。︿牡蠣の潮くささと、アイラ・ウィスキー口の中でとろりと和合するのだ。〉 (『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』新潮文庫)生牡蠣には辛口の白ワインを好む人が一般的だ。ワインの酸味が牡蠣の潮くささを消しながらも、生命線である潮の香りを強調してくれる。最近は鮨屋や日本料理店でも、ワインを置く店が多い。自分の国の酒も知らないのに、他国のワインをしたり顔に語るソムリエは信用されず、日本酒や焼酎についての知識が必須となった。近ごろ日本の「伝統的酒造り」がユネスコの世界無形文化遺産として認定された。「こうじ(麹)」を用いる独特の醸造方法は、日本酒や焼酎、泡盛など多彩な酒を創出した。早速、生牡蠣に日本酒を垂らし、食してみる。古くから土手鍋、酢牡蠣という食べ方があるし、合わないわけがない。日本酒は食中酒としてみると、ワインよりアルコール度数がわずかながら高い。これも、生牡蠣に合う理由の一つだ。を苦手とする。キャビアやイクラ、数の子に合うワインを探し出すのは至難の業だ。キャビアは豪華な食事の王様格として、映画などにもよく登場するが、高価な銘醸シャンパンと合わせても、そんなに興奮はしない。実はワインにも泣き所があって、魚卵系キャビアに最も合う酒はウォッカだとロシアの通人は言う。なるほど、なるほど。気取った店だと、ブリニと称してそば粉でつくった小さなパンケーキを添える。オードブルのカナッペに用いるチーズクラッカーの役どころだ。このブリニに無塩バターかサワークリームを塗って一緒にほおばる。魚卵の生臭さを脂肪で包み込む知恵だろう。ブリニのそばの香りに通底するのが日本のそば焼酎だ。焼酎の原料は、米、麦、黒糖、そば、胡麻、サツマイモなど、多種多様だ。飢饉のときは食用にしたともいわれる蘇鉄そてつ)の実から造られた焼酎もある。ストレートでも良いし、タンサンで割ったハイボール風でも良い。そのうち「キャビアには日本のそば焼酎」という飲み方が世界的に定着する時代が来るかもしれない。「伝統的酒造り」が世界無形文化遺産に指定されたことで、日本人の食生活にまた豊かな可能性が生まれてきた。日本人特有の食への好奇心はますます世界に広がっていくことだろう。しげかね・あつゆき1939年東京生まれ。文芸ジャーナリスト。朝日新聞社社友。元常磐大学教授。日本文藝家協会、日本ペンクラブ会員。著書に『食彩文学事典』(講談社)『淳ちゃん先生のこと―渡辺淳一と編者者の物語』(左右社)『落語の行間 日本語の了見』(左右社) など多数。12

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