Cha-ble_Vol17
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12私たちが毎日食べている料理は、和食かな? やたらと和食がもてはやされている。やれ、「世界で唯一油によって旨味を引き出さない料理」だとか、「世界で珍しいニンニクを用いない料理」などと、各方面から和食の魅力を礼賛する声が聞こえてくる。 昆布や鰹かつおぶし節から、旨味を抽ちゅうしゅつ出する出だし汁が和食の特徴だと説明する人もいる。最近では昆布で出汁を取るフランス人のシェフもいるとかで、醤油はもはや常備品だそうだ。柚ゆず子や金きんかん柑、山わさび葵などをフランス料理に取り入れるのが流行しているとも聞く。 いったい、和食とは何を指すのか。もし、和食に興味を抱いた外国人が「日本人は何を食べているのか、知りたい」と言って、あなたの家の食生活をのぞきに来たとしたら、あなたはどうします? 困りますよね。和食ってなんだ? 懐石料理なんて自宅では食べないし、天ぷら、刺し身、すき焼き……。一週間に食べた自分の献立を思い返してみると、その「国際性」にびっくりする。餃子だけでなく、麻マーボー婆豆トウフ腐や焼きそばにラーメン、炒チャーハン飯などの中国料理は言うに及ばず、パスタはイタリアだ。ハンバーグステーキ、シチュー、サラダ、キムチも食べる。また大都市のレストランでは、世界中の料理が食べられると言われる。 和食には国産ワインが合う、と日本のワイン業者が興奮している。今や世界中が日本料理に合うワインを開発中だ。しかし和食とワインを組み合わせるのは難しい。握りずしを考えてみよう。鯛たいや平ひらめ目の白身魚に白ワインはわかる。鰹、赤貝、穴子だったら、赤だろう。大げさに言うならば、一品、一品によってワインを選ばなくてはならなくなる。 ところで、トンカツは和食だろうか。明治初期の文明開化とともに西洋の肉食文化が日本に広まって行く。すき焼き屋や洋食屋がハイカラな味としてもてはやされた。 豚の背肉にパン粉を付けて、フライパンでソテーした料理が日本に来てから、天ぷらの技法をうまく取り入れ、コロモを付けて大量の油で揚げることで、「ポークカツ」から「豚カツ」、「トンカツ」になった。 つまり外国から渡来した食材や調理方法を上手く日本流に消化吸収し、発展させた。懐ふところ深く融ゆうずう通無むげ碍に異文化を取り入れ、自じ家か薬やくろうちゅう篭中の物にする貪欲にして、好奇心あふれる日本人の知恵が和食を生み出した。「和わこん魂洋ようさい才」と言われるが、基本に有るのはお米だ。 昔からご飯とみそ汁と香の物の「一汁一菜」が日本の食事の基本パターンだった。ご飯を食べるために、魚介類を中心にしてさまざまなお惣菜が開発された。刺し身だけでなく、焼いたり、煮たり、揚げるなど多種多様の調理法が工夫され、栄養のバランスが良く、世界に誇れる長寿食として注目されてきた。さらに四季の移ろいとともに、年中行事と行事食を大事にしてきた国民性もある。 今や欧米で箸を使いこなすことは、ビジネスエリート達の必須条件であり、ステータスが上がることでもある。この世界遺産を守り続けるのは、私たち日本に住む消費者以外には存在しない。世界に日本食品を売り込もうとする生産者や輸出業者、世界に店を出そうと懸命になっている料理店主たちではないこと、言うまでもない。しげかね・あつゆき1939年東京生まれ。文芸ジャーナリスト。朝日新聞社社友。前常磐大学教授。「楽しい食卓を囲める人は、すべて食通」を持論とする。食についてのエッセイを各誌に執筆。天の恵みである食材への感謝とそれを生産、調理する人への敬意を尊重する視点は、料理人からも広く支持されている。「日本文藝家協会」、「日本ペンクラブ」、「食生活ジャーナリストの会」各会員。著書多数。本年刊行の『食彩の文学事典』(講談社)と『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)が話題を呼んでいる。

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